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いま注目の教育経済学の考え方と幼児教育における重要性とは? | 教育経済学から見る幼児教育①

いま注目の教育経済学の考え方と幼児教育における重要性とは? | 教育経済学から見る幼児教育①

2023/07/03

教育を経済学の観点から分析していく「教育経済学」。その重要性が、日本でも話題になり始めているのはみなさんご存知ですか? そこで、教育経済学とはなんなのか、育児教育においてどんな重要性をもっているかなどを、第一人者である慶應義塾大学総合政策学部の中室牧子教授に教えてもらいました。

教育と成果の間の因果関係を
明らかするのが教育経済学の特徴

――中室教授が研究している「教育経済学」とは、どういった学問の分野ですか?

「教育経済学」とは、理論やデータを用いて「教育」という対象を科学的に分析する、経済学のひとつの分野です。

――さらに具体的に、教育経済学の特徴を教えてもらえますか?

日本代表として三度も五輪に出場した元陸上競技選手の為末大氏の「トップ選手の扁平足」というエッセイがあります。「扁平足」(へんぺいそく)とは、「土踏まず」がない足の形のことで、歩いたり走ったりするときに足への負担が大きいといわれています。しかし、北京五輪の銀メダリストでもある末續慎吾選手は「扁平足」だというのです。このエッセイを読んだ私はすぐに、「実は、扁平足の人ほうが足が速いのか」と思いました。一流選手が扁平足だと聞けば、私と同じように思った人は多いのではないでしょうか。しかし、為末氏は次のように指摘します。

「足が速い人が扁平足だったという話と、扁平足であれば速いという話は違う」。そして、「天才が持ち合わせていた特徴。いい結果が出た時に行われていたこと。それらは迷信になりやすい。」とも述べています。実は、オリンピックに出場した短距離走選手の多くは扁平足ではなく、末續選手が例外なのだそうです。これと同じように、教育分野にも優れた結果を残した人が行っていた教育がよい教育と信じられていることが多くあります。私たちが本来知りたいのは、「優れた結果を残した人が受けていた教育は何だったのか」ということではなく、「その教育を受けたら良い結果を出せるのかどうか」ということのはず。教育と成果の間の因果関係を明らかにしようとしているのが、教育経済学の特徴です。

私たちが今注意すべきなのは、
幼児教育の「質」を高めること

――教育経済学における、幼児教育の重要性を教えてください。

幼児期の人的資本への投資が重要であることを示す研究は枚挙に暇がありません。経済学は教育を「投資」だと捉え、人間が教育や仕事を通じて身に付けた知識や技能を「人的資本」という呼び方をします。私たちは、株や債券に投資をするのと同じように、教育を通じて人的資本に投資をしているわけです。株や債券に投資収益率という概念があるように、人的資本にも投資収益率という概念があります。過去の経済学の研究は、人的資本の投資収益率が最も高くなるのは、子供が乳幼児期であることを明らかにしたものがあります。

例えば、シカゴ大学の労働経済学者ジェームズ・ヘックマン教授による「ペリー幼稚園プログラム」(アメリカ・ミシガン州)の研究は極めて有名です。1960年代の半ばに新設されたこの幼稚園で質の高い幼児教育を受けた子どもを、その後40~50年にわたって追跡した結果、質の高い幼児教育を受けた子どもたちの将来の学歴、所得、生活の状況が恵まれていることが明らかになったのです。これ以降も、質の高い幼児教育が子供たちの将来の成果に良い影響を与えることを示した研究は数多く発表されています。

ただし、注意すべき点もあります。カナダのケベック州で行われた研究の成果です。カナダのケベック州では、現在の日本と同じように、幼児教育の無償化が行われました。その結果、保育所の利用が増加し、子どもらが10-20代になった後の非認知能力、健康、生活満足度、犯罪関与にマイナスの影響を与えたことがわかっています。特に男子に攻撃性や多動の問題が顕著だったということです。加えて、テネシー州でも保育所に通っていた子どものほうが、保育所に通っていなかった子どもよりも、小学校入学後の学力が低くなったことを明らかにしています。どうして、保育所に通っていた子どものほうが、通っていなかった子どもに比べて能力が低くなってしまったのか。

この理由は現在も議論が続いているところではありますが、多くの研究者が注目しているのが、保育の「質」なのです。ヘックマンのペリー幼稚園プログラムのように、質が高ければ長期にわたってよい影響が持続するが、そうでなければ逆に悪影響も持続してしまうのではないかということです。もしそうであれば、私たちが今注意すべきなのは、幼児教育の「質」を高めることではないかと考えられます。そして、もう1つ注意すべきことがあります。それは、海外の研究で分かったことが、そのまま日本に当てはまるかどうかはわからないということです。海外とはあまりにも社会的にも制度的にも異なる状況ですから、日本のデータを用いた研究が必要とされています。

――中室教授のおかげで、教育経済学が考え方や幼児教育における「質」の重要性が理解できました。次の回では「非認知能力」についてお話を伺っています。ぜひご覧ください。

PROFILE

中室牧子(なかむろ・まきこ)

慶應義塾大学総合政策学部教授、東京財団政策研究所研究主幹

1998年慶應義塾大学卒業。アメリカ・ニューヨーク市のコロンビア大学で博士号を取得(Ph.D)。日本銀行や世界銀行での実務経験を経て、2013年から慶應義塾大学総合政策学部准教授に就任。2013年から慶應義塾大学総合政策学部准教授。2019年から同学部教授。2021年からデジタル庁のデジタルエデュケーション統括。専門は教育経済学。著書にビジネス書大賞2016準大賞を受賞し、発行部数30万部を突破した『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

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